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ファルカンの知られざる過去。肉屋で働いていた少年は、いかにして世界トップの選手となったのか?

フットサル界のスター、ファルカン。
スポンサー料などを含めると300万レアル(約1億4000万円)もの年俸とも言われている。メディアではファルカンの活躍や輝かしいキャリアが伝えられるばかりで、彼が乗り越えてきた苦労を報じることはないが、ここまでの道のりは決して平坦なものではなかった。

実は肉屋の店員だった、知られざるファルカンの生い立ち(インテルフットサル)

ほとんど知られていないが、実はファルカンはフットサル選手になる前、父親のジョアンの肉屋で仕事をする普通の少年だったという。10歳になる頃には毎日店に出て、肉の塊をひき肉にする作業を手伝っていた。ファルカンの本名はアレサンドロだが、元々は父親が有名サッカー選手の「ファルカン」に似ており、そのニックネームを父親そっくりだったファルカンが受け継いだのだという。

「父は人生の全てを肉屋で過ごした。彼もそうだし、家族みんながそうだった。だから僕も7、8年働いたんだ。小さい頃から働いたことで時間厳守など責任を持つことを学んだんだ。それはプロになってからも役に立っている。当時は肉をひき肉にするのを担当して、日曜日にはそれがかなり売れたもんだよ」

肉屋では手先の器用な少年は、ストリートに出ると足先の器用なサッカー少年に様変わり。レモン、小銭、どんなものを使ってでもリフティングができ、才能は子供のころから光っていたという。

「ホームで試合するチームは勝たないと気がすまないから、僕が試合中にヒールリフトや股抜きをやると相手が怒ってもめるから、そんなことはするなとまで言われたんだ。」

15歳の時にフットサルの世界に足を踏み入れ、サンパウロ州フットサル連盟に加盟するアソシアソン・アトレチカ・グアピーラに入部。最初の試合の相手がコリンチャンスだった。その試合で初ゴールをマークし、このゴールがあまりに印象的だったため、コリンチャンスのスカウトの目に留まった。そしてコリンチャンスのトライアウトに参加すると、すぐに合格となった。

「テスト期間として10日間のトライアウトを受けたんだけど、1日でテストが終わったんだ。初日に6ゴールも決めて、そのうちの1ゴールは特にすごいゴールだったから。それですぐにサインすることになった。1ヶ月後には背番号10番を付けてキャプテンになっていたんだ。全てはものすごいスピードで事が運んでいったよ」

17歳でコリンチャンスのトップチームに昇格。サンパウロ州選手権優勝も経験した。その後、アトレチコMG、バネスパ、マウウィーとトップチームを渡り歩いた。
プロとして着実にステップアップを重ねる中、2004年に父親のジョアンさんが癌が原因で、48歳という若さで突然この世を去ってしまった。ファルカンは、棺の前で「世界最高の選手になる」と、父親に誓った。

「葬式のときに父に必ず夢を叶えるって約束したんだ。そしたらその後、本当に実現した」

ファルカンは、父が亡くなったのと同じ年の2004年、FIFA最優秀選手に初めて選ばれた。その後の活躍は今更改めて述べる必要もなく、ファルカンは名実ともに世界一となった。
そしてその輝かしいキャリアは終盤に差し掛かっている。

「残念だけれど、選手ができる期間は限られている。できるだけその期間を延ばしたいと思うけど、自分にはこの先の家族との人生もある。やれてあと2、3年だと思う」

おそらくこの先に同じような選手は二度と現れないだろう。今後2、3年の間にファンはしっかりと彼のプレーを目に焼き付けておく必要がある。


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