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[山下コラム]長い下積みからついに王者・大阪の正ゴレイロになった男、柿原聡一朗の茨の道

準々決勝の前半、湘南・刈込の左からのシュートパスに鍛代が飛び込んだシーン。大阪最大のピンチを柿原は体を張ってセーブした。

 

相手のシュートをはじき出すと柿原は決まってチームメートに拍手を送った。身を呈してシュートコースを限定してくれた仲間への感謝の気持ちだという。

 

チームメートのゴールの喜びの輪に必ず加わる柿原。

 

フットサルの神様に感謝したい

努力は必ず報われる。その好例をシュライカー大阪の正ゴレイロ、柿原聡一朗(27歳)に見た気がした。その柿原が今日まで歩んできた道のりの大半は文字どおり茨の道だった。もちろん、チームに1人か2人、控えに甘んじているゴレイロはいる。しかし、シーズンの初めまで控えに甘んじていたばかりか、ベンチ入りも逃していたゴレイロがライバルの負傷をきっかけに出場機会をつかみ、シーズンが終わってみれば初めてリーグと全日本の2タイトルを獲得したチームの正ゴレイロになったケースは極めて稀といわなければならない。

その柿原がFリーグのトップチームに初めて籍を置いたのは2013年のことだった。2012年に、シュライカー大阪サテライトから府中アスレティックFCサテライトへと移籍し、1年でトップチームに昇格したのだ。ここまではよかった。しかし、それから丸2シーズン、正ゴレイロ・田中敏則(31歳)という壁の前にFのトップチームにいながらFの舞台に立てない日々が続き、翌2015年シーズンも田中の控えとしてスタートした矢先のことだった。正確には、2015年6月17日、柿原は大阪からのオファーを受け古巣へ、それもトップチームへと復帰を果たすものの、茨の道はより険しいものとなった。

この記事は、大阪移籍が内定していた2015年6月13日のホーム町田戦終了後から、今年の全日本選手権準々決勝・湘南ベルマーレ戦終了後までの1年9か月を綴った、柿原のサクセスストーリーである。数奇な運命にもてあそばれた2年弱を振り返った柿原は、「フットサルの神様に感謝したい」と語るのだった。

まとめ◆デジタルピヴォ! 山下

 

柿原聡一朗 KAKIHARA Soichiro Fリーグ・シュライカー大阪 ♯2 GOLEIRO
1989年10月10日生まれ(27歳) 大阪府出身
フットサル歴:ヒューマンアカデミー大阪校 → シュライカー大阪サテライト → 府中アスレティックFCサテライト → 府中アスレティックFC → シュライカー大阪 身長177cm/体重83kg

(バックナンバー)府中から大阪へ移籍が決定した当時の記事(2015年6月18日掲載)http://pivo.co.jp/1813_ffcvs25u_1920.php

 

大阪復帰初年度は4試合出場にとどまる

2015年、柿原の古巣・大阪への復帰の背景には正ゴレイロ宮竹晴紀の負傷という深刻な事情があった。
宮竹について僕は柿原の"移籍記事"でこう書いている。
「シュライカーは昨季、木暮賢一郎監督が就任して以来、スペインリーグをはじめヨーロッパの一部チームで重用されている正ゴレイロを使うパワープレーを多用してきたことはご存知のとおり。その戦術の最先端で働いてきたのが正ゴレイロ宮竹。足下の技術にたけていることから自らハーフを超えてパワープレーを組み立てられる世界標準のゴレイロだ。いちいち、ゴレイロ役をフィールドプレーヤーにスイッチする複雑さを気にしなくて済む合理性がヨーロッパでは高く評価されているのがこの戦術だ。シュライカーは昨シーズン、5位でプレーオフに進出するとあれよあれよという間にFinal Roundへと進み、宮竹を使ったパワープレーを随所で繰り出し王者・名古屋オーシャンズを大いに困惑させたことも周知の事実。ところが今季はその宮竹が負傷し、6節湘南ベルマーレ戦、7節名古屋戦、8節デウソン神戸戦と直近3試合のゴールマウスを矢野琢也に託している。だがそこに満足できない木暮監督が柿本に白羽の矢を立てたということのようだ」

こうした背景から柿原は移籍発表2日後の6月19日には第9節アウエー浦安戦で、負傷の癒えない宮竹をベンチに置いた状態で、先発出場(9⚪︎5)を果たす。続く第10節アウエー町田戦にも先発(2⚫︎3)するが、チームは2試合8失点という結果を重視したのか、第11節から3節連続で、決して万全ではない宮竹を先発させている。

結局、この2015/2016シーズン、柿原が9、10、14、15、の計4節で先発出場、21、25、26、30節で途中出場するにとどまっているのに対して、宮竹は、11、12、13、16、17、18、19、20、21、22、23、24、25、26、27、28、29、30、31、32と計20節で先発。この間に柿原はベンチからも外れた33節(矢野先発出場)以外、宮竹の控えとしてベンチを暖めている。

まさに移籍前と事態はほとんど変わらなかった。しかし、シーズンが終わってみればある出来事が発生し事態は急変する。

2015年シーズン終了と同時に宮竹引退

 

続きはこちら→ http://www.targma.jp/pivoplus/2017/04/09/post34657/ (デジタルピヴォ!プラス)


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